ちょっと大げさに聞こえるかもしれないけど、割と危なかった。笑
計算上、どうしても期限までに数千円足りないか!?ってなって、ギリどうにかならんかなぁ。。と思ってた。
完全に、活動に使うためとはいえ数ヶ月前にカメラに使った金額がデカすぎた。笑
まぁ、でもあれがないと撮影出来ない場面がたくさんあったので良い買い物だったと思ってる。
金額じゃないよ。価値だよね。
高くても満足してればそれでいい。
あと、お金が入ってきた時に、薄く生き延びる事を考えるのって勿体無いと思ってる。
その瞬間にしかまとまったお金がないかもしれないんだから、長く薄く生きればジリ貧になるけど少し安定の日々は送れるだろうけど、まとまったお金がある時にしか買えない価値を感じるものに使ったほうがよくない?
だからずっとお金ないんだろうけど。
生きるって、今幸せを感じられるかどうかの連続だと思うので、老後に備えて。。とかそういう発想ないな。
俺の性格的に老後にお金に余裕があっても若い時に楽しめていなければ、お金なんかいいからあの時もっと遊んで笑って色んなとこに行けば良かったと後悔するのが目に見えてる。
逆に、老後にお金がなかったとしても困る事はあるかもしれないけど薄い布団にくるまりながらたくさんの思い出をDVDを見るように脳内で再生して楽しむと思う。
脳内に楽しい映像をストックしていってると思ったら価値あるね。
お金を使ったこと、使ってもらったことも全て思い出になり、「あの時はありがとう。」と心から何度も感謝することになる。
普段、お金がなくても、極力借りずにどうにかしたいと考える。
なぜなら、お金がないやつって常にお金ないじゃん。
だから、借りたとしても返せるあてがないわけじゃん。
どう考えてもお金よりも関係性の方が大切なので、返せない可能性がある事を考えると極限まで友達からは借りない方法を考える。
去年か一昨年に、もっとピンチな時があって、その時に友人が「変な意味じゃなくてあれだったら貸すよ?」って言ってくれたんだけど、ギリギリまでなんとかしてみようと思う!と伝えた。
ガチでどうにもならなくなったら相談させて!ありがとう!と伝えた。
最悪の場合、相談してくれていいよと言ってくれる人がいるというのは心の救いになる。
しかし、本当に本当にそれは最終手段。
その時もなんとかギリギリ乗り切ったんだけどさ。
お金は、受け取る事はあっても借りる事は極力避けるようにしてる。
俺みたいな不安定な状況が続くやつは、本当に信頼をお金で失いかねない。
危ないよね。まじで。
だから支援は募っても貸してくれとは言わないし、キツイ時でも極力借りないように気をつけてる。
本当根がクズなのでね。笑
あと、何事も諸々後回しにしちゃう事もあるからさ、何にしてもよくないんよ。
それに、お金を借りるという事は心理的に不自由になる事だとも思う。
金融機関にお金を借りるのと友人から借りるのってまたちょっと違うからな。
俺は常に今を生きてるからさ。
お金を貯める事は出来ないと思う。
今、一番価値を感じているものにソッコー変換してしまうから。
経済を回すという意味ではいいね。笑
不安定な人生にはなるけど、みんなで使えたり楽しめるものに使った方が、俺が貯め込むよりいいじゃん。
みんなで楽しんだら価値はその人数分増えるでしょ。
その方が絶対にいい。
俺が今一番価値を感じているのは変わらず新しいiPhoneなんだけど、やはりまだ当分買えそうにない。
このまま行くと来年の2月と3月はちょっとだけ余裕が出るかもしれないんだけど、問題は今月と来月と来年の1月。
現段階ではクライアントを増やす以外に方法はない。
思いの外難航中。
この間に何か起きればいいんだけど。
クライアントを増やして活動に使う時間が減ると、撮影が一番行きにくくなるのが勿体無い。
みんなで地元の風景を愛でたいのだけれど。
日々、いろんな人が投稿してくれるのでそれで十分なのかもしれないけど、やはり自分の目で見て自分の言葉で伝えたいという気持ちはある。
先日の走島のように、知ってるけど行ったことがないみたいなとこに行くの面白いね。
3000円の支援のお礼として用意した走島のフォトブックを求めてくださった方々、本当にありがとうございます。
もっと自分に余裕があって万能な人間なら、ただ与えるだけの存在になれるのだと思いますが、いかんせん不器用でお世話になってばかりです。
本当俺は生意気な人間だと思うんだけど、それでも支援してくれる人がいるというのはすごく心の救いとなってる。
昔から、人の言葉を鵜呑みにしてきて色んな経験をする事になっていったので、段々と鵜呑みにしなくなっていった結果、身銭を切ってくれる人や自分ごととしてガチで考えてくれている人以外の言葉は半透明のように見えるようになってしまった。
よくないことかもしれないけど、ガチの人とその他大勢で分けて考えてしまうというか。
いや、でもそんなものじゃない?
実際、「グループの事を思って言ってるんですよ?」みたいな人も文句言う割に支援の話になったら口をつぐんだりするじゃん。笑
「おい!!www」ってなるときある。笑
そんなに真剣にグループの事考えて意見言ってくれてるんだったら、そこはさぁ。笑
逆に、普段そんなにでしゃばってないのに支援だけしてくれる人とか、マジでクール!!!って思う。
いや、金出せば良くて出さなければダメとかいう話じゃなくて。。ほら、ニュアンスわかるでしょ?
別に無料で参加してるやつがダメとか言ってるんじゃないんよ。
そこがダメっていうことではなく、クールな人最高!って話よな。
俺が想像を絶する事をしてくれる人とか、そんな世界を見せてくれる人はやはりワクワクするよ。
あまり想像の斜め上を超えてきてくれる人っていないので。
全体的な話ね。
昔の俺はその他大勢の目や声を気にしすぎていたように思う。
大切にすべきなのはそこじゃないだろ。
あくまでもやりたいようにはやるけど、優先的に参考にすべきはガチで応援してくれている人達。
生活も何もかも自分の活動に捧げよ。
それが自分の人生を作り出してくれるし、関与してくれる人達と楽しくやっていけたらいい。
俺が生きれる場所は自分のテリトリーの範囲の中だけだと思ってる。
尊敬できない人の言うこと聞けないしなぁ。
誰かのいいなりになった瞬間に、一気に冷める感覚がある。
熱量を持って継続出来る事は、全て自分で決める事が出来ることだけだ。
「好きなようにやりなよ。その中で楽しませてもらうよ。」と言ってくれる人と中心に関わっていく。
本当自己中だよな。笑
でも、そういう役割の人もいるじゃん?
俺は自由であればあるほどいいと思っていて、世の中の誰もがそうだと思ってたけど、違うみたいなんよ。
ある程度柵があってその中で生活する人もいるみたい。
だったら、その柵の中のルールや世界観が大事じゃん?
だから俺は柵の外を行き来しながら柵の中を整え、そこを自分の居場所とする。
自分の居場所だから常に快適じゃないと嫌なのでちゃんと管理する。
その事が、同じ感覚を持っている人に同時に快適な空間を提供する事になる。
つまり、自分の為にやってる事が結果的に人の為にもなっている。
この優先順位じゃないと俺は苦しくなるということじゃな。
人の為にやって、その中で自分の自由を探るというのは軸を保てない。
だから自己中であるというのも重要な武器なんよ。
ええようにまとめた!
俺だけだと、全力で何かをやったらバランスを考えずにやるから周りのサポートが必要なわけよな。
自分勝手にやるからサポートしてくれって、どういう要件だよwwwって自分でも思うけど、俺の活動ってそうなってるよ。
それで回ってるんだから不思議だよね。
まぁ裏で毎日承認作業など黙々とやってるからね。
自己中ではあるけど、おりこうさんにちゃんと作業もしてる。
今回支援してくれた方々は、「いつもおつかれさま!ありがとう!」という気持ちで支援してくれた感じがすごくして嬉しかった。
もちろん、走島のフォトブックが欲しかったからという理由でもありがたいわな。
ニッチでローカルなフォトブックを作り続けたいな。
そして末永く、楽しく快適にやっていきたい。
とりま、何にしてもクライアントを新規で見つけるよ。
もうちょっと金がないとどうにもならん。
お金に困らなくなったらもっともっと面白い事する。
その日を楽しみに、日々を耐え抜く。
本当支援してくれた方々ありがとう。
そして、ゲームの活動の方で毎月支援してくれてる方々もマジでありがとう。
これ見てるかわからんけど。笑
助かってます。とてもとても。
あと、心が救われる。これもデカイ。
嬉しい。いつもありがとう。
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