先日テスト撮影を含めて鞆の浦や近場を撮影にでかけた。その時の動画をまずYouTubeにアップして、それからFacebookグループにアップしていってる。
見やすいショートバージョンと、じっくり見れるロングバージョン、その日のまとめみたいな動画(これアップしたっけ。。)も作ってる。
数字は捨てて、見る側が見やすい事を考えてる。たとえば、YouTubeの数字を伸ばす事だけを考えるとリンクを貼ったほうがいいけど、現段階では興味を持ってもらうほうがいいのでFacebookでは直でアップしてる。
そうすると自動再生されるからだ。Twitterもそう。
だから、まだ数字的には手応えは無いし分からないんだけど、コメントを見ていると気に入ってくれている人もいるように思う。もちろん、社交辞令もあると思うのでそこは差し引いて考えなければならない。
ショートバージョンとロングバージョンは役割が違うので、おそらくどちらも必要だと思った。若者はショートバージョンを好み、ご年配の方はロングバージョンを好むのではないかと思う。
見てもらう入り口としてショートバージョン、馴染んで見る体勢が整ったらロングバージョン。
ロングバージョンといっても、だいたい5分もいかない程度だけど。
撮影して軽く編集を入れてアップする、この一連の流れは自分の中で結構テンプレ化出来てきたかもしれない。フォーマットも含め。
「こうしたほうがいい」という意見もあると思うけど、それはどの程度機能の制限があるとか、それをやると時間と労力のコスパが大幅に上がってしまうとか色々あるんよ。
たとえば、音楽のタイミングを合わせたいのは山々なんだけど、そこまでやると時間がかかりすぎてちょこちょこ出していけない。
この活動でしっかり収益化していけるようになったらそりゃクォリティを上げたいと思ってる。時間取れるようになるから。
今は、楽しみながらやる事を最優先にするべき。お金にもならないんだから。笑
最大限楽しめれば良し。1番自分が楽しいと思える部分を最大限にやって、こだわりたいところをこだわって、こだわりたくないところはスルーでいい。
時間と労力のコスパ大事。
心を消耗しないように楽しむ事が大事。
短期間、ハイクォリティな物を生み出して終わるのが好きな人もいれば、長期間、そこそこのクォリティの物を継続したい人もいるでしょ。
俺は後者だし、「ブログを書くように動画を作りたい。」と言い続けているその目標に一歩近づいた気がする。
この撮影方法は結構俺の性格に合ってる。そこそこの画質でそこそこの編集を加えてそこそこの仕上がりの物をそこそこのスピードで出す。笑
俺多分、超ハイクォリティな物を時間をかけてじっくり作り込んで満を持して出すみたいな事向いてないと思うんよ。
途中で飽きる。笑 あと、やってる間に生活費の事考えてやり続けられなくなっちゃう。笑
時々、じっくり作りたい時期があるので、そのときはやる。
俺は流れるように作っていくのがいいんだと思う。撮影も、じっくりというよりもパパッと撮影しておいて、あとで編集の段階で手を加えたり。
こだわりたい部分はこだわり、そうじゃない所はそれなりでいい。
何かを生み出す事はライフスタイルの一部であり、特別な事ではないと思ってるからなんだろうな。
生活がクリエイティビティで満たされるといいと思ってる。
呼吸をするように作品を生み出し続けるのがいい。
この考えの根底には、時代の流れが早いからというのも影響してると思う。
機材も技術もどんどん新しいのが生まれる。
腰を据えて一つの物にじっくり向き合うのは素敵な事だけど、俺は新しく生まれる技術に胸がときめく。
それらを自分の手で触ってみたい、活かしてなにか作りたい。
みんなに見せて見て楽しんでほしい。一緒に「ええよな!な!」と共感したい。
そして一緒に共感し続けたい人達に支援や応援してもらいながら生きていけたら最高。
俺1人の力ではやりたい事が多すぎてさ。
今回みんなに見てもらってる動画を撮影しているカメラは俺が自分で買ったけど、こういうの最終的には全部支援でまかなえるようになっていくと本当にいいよ!
俺が得したいからというよりは、そのほうが出来ることが増えるから。
お金とか機材に関しては、俺は本当に好きな物は放っておいてもどうにかして買う。好きな事をやるために生きてるからな。
で、自分で買ったもので誰かが喜んでくれたらいいなっていうのも本気で思ってる。
だから、正直、今回カメラ買ってそれを収益化出来なくても誰も支援してくれなくても俺が楽しめてるからオッケー!というのが根底にある。
ただ、もし、俺が作った物で楽しめるなら、俺が作った場所で快適さを感じているなら、積極的に支援してくれると話が進みやすいということ。
俺は、俺と価値観が合う人達が快適に楽しく過ごせる場所を作りたいと思ってずっとやってきてる。
その人達を楽しませる為なら喜んで時間もお金も労力も使ってきた。
俺の活動だけど、俺が1人で守ろうとしたり作ろうとすると、その事自体に無駄がすごくあると思う。
だから、遠慮なく俺は頼る。足りない物を補ってくれる人を神のように思う。出来ない事が出来るようになるって、生きてる中でも最高に喜ばしいことだから。
可能にしてくれる人達は俺にとっての神だな。
ただ、神の言いなりになるような事はないんよ。笑
俺は俺の軸で生きているので、神もその軸は動かせないし触れられないというルール。(神も触れられないってどんなルールやねん。笑)
いや、ここブレるとおかしくなるので。そもそも、この軸があるから成り立ってる部分あるんよ。
それを感謝しているからとか恩があるからとかで変えちゃうと、場所の意味自体が変わってしまう。
そもそも応援しようと思ってくれた場所は、この軸があったから生まれたのにそれを変えると望まない方向にいくでしょ。
正直、感謝している人に意見したり反論をするのは胸が痛い。できればしたくない。
でも、今まで何度かあったけど、「こうしたほうがいいよ。」というアドバイスに対しても、自分の中で考えがあったり納得感がなければ一切採用しない。
これを貫いてきた。そして、なんとなく受け流すのではなく、明確にそのように伝える。
その事で支援が打ち切られる事があるというのも十分承知しているけれど、それで支援を打ち切るという人は自分のエゴを満たす為にやっていたという事になると思う。
だから、俺が感謝している人に明確に伝える事が出来るのは、その人を信用しているからなんだと思う。ヘソを曲げられると俺自身にダメージがあるとしても、それでも言うのは、この人なら分かってくれると信じる事ができてるからなんよなぁ。
分かってくれない人に言わないもんな。例え分かってくれなかったとしても、後悔はしないと決めてる。それで分かってもらえないなら遅かれ早かれ無理だろうと。
アドバイスをくれる人のほとんどは、「もっと良くなってほしい」という純粋な優しい想いから。それは十分分かってる。でも、俺に対してはそれは、例えるなら思春期の息子と過保護なお母さんくらい相性が悪い。笑
アドバイスをくれるのは確かなる愛情。その事は理解してる。その上で、俺は自分の感覚で好きなようにやりたいといってる。何度も転んで何度も怪我をしながら学んでいく。こけないようにしてあげたいと思ってくれてる優しさなんよな。分かってる上で伝えるんよ。
俺は一般的な人と違って、何度も何度も実際に失敗やミスをしながら学んでいく。何をやってもそう。周りから見ると不器用に見えると思うけど、これが1番覚えられる。
俺がこの方法で学ぶのには明確な理由がある。それは、「最悪どこまでやっても大丈夫なのか」を探るため。
「こうすれば成功する」という基準には、一つ視点が欠けてる。それは、具体的にどこからがオーケーラインなのかということ。
損益分岐点のように、物事にはプラスとマイナスの境界線があり、失敗と成功の境界線がある。
俺は、この境界線に興味がある。というか、ピンチを何度も乗り越えられているのはこの境界線を理解しているからにほかならない。
本当にやばくなったとき、どこまで大丈夫なのかを理解していなければ対応できない。恐怖に身動きできなくなるだけ。
だから大丈夫な時に、出来るだけ「あ、ここまでやったらダメなのね。」とか、「この程度はいけるのか。」とか試してる。
これを、世間一般の人は無駄だと思っていて、なんでそんな無駄な事をやるんだろうとか、もっとこうやればいいのに。。とか思うんよな。
もっとそうやればいいのは分かってて、今オレは失敗のラインを探ってるからほっといて!とか、よくなる。変わり者なのかな。笑
どうやればいいか分かっていないと思われてる事が腹立つというのもあるのかもしれな。なめるなと。笑
いちいち今実験中ですとか言いながらやらないじゃん。めんどくさいし。
だから、生放送とかで長年「アドバイス不要!!」とか言ってるのはそういうことね。笑
本当は、必要なアドバイスとか俺が知らないような事で求めている事を教えてくれるのはありがたいけど、それ以外は不要ということなんだけど、その言い方、鼻につくでしょ。笑
そう思うので、一律いらないよ!って言ってるってことね。
あと、そういえば先日生放送中に、わからない事があるならググりなさいみたいに上から目線で言われて腹たったという事があった。
当人は、冗談でいったのかもしれないけど、俺結構必要な事についてはそのへんの人よりググりまくってる自信があるので普通に腹立って言い返した。笑
思った事があるなら、陰口でいうのではなく極力本人にいうようにしてるからさ。
あれ正直まだ納得いってない。笑 コメ欄で議論しませんとか言われたから。腹たった事は伝えた。笑
でもさ、こういうのって伝えないと伝わらないじゃん。当たり前だけど。
で、伝わってなかったら、悪気なく何度でも同じ発言するでしょ?それは伝えてないやつも悪いじゃん。だから、伝えるようにしてる。
「あ、こういうの嫌なんだ。」と伝われば、頭悪い人じゃなければやめてくれるだろうし。
以前、冗談っぽく俺が俺自身に「いやググれよって話よなwww」とかいってて、それにも反応しててその時にもちょっと違和感を感じてたんよな。
俺が俺の事をいうのはいいけど、お前がいうなよとか。笑
でも、その時はわざわざ言うほどの事でもないかと思ってた。あのとき言ってたらもっと優しく収まっていたかもしれない。
何を言われたら腹立つかなんてわかんないよね。そうだと思う。
ただ、俺は俺のテリトリーの中で活動をしていて、好き勝手やりたい。気分を害しながらやりたくない。
だから気分が乗らない時は終わらせたり休む事だってある。そのほうがいいでしょ。
楽しくないのにやる意味なんてないじゃん。楽しめる時に楽しめる事をやったほうがいいし。
一方、楽しみにしてくれていた人には申し訳なく思ってる。
だから、こういう事態が生まれないように、やはり嫌な物は嫌だと伝えていかんといけんよな。
俺は一般の人と感覚がズレている所があるよ。だから自分で何でも立ち上げて自分ルールでやって強引に成立させてる。
一定数いる似た価値観や理解してくれる人達と楽しくやっていく。ニッチかもしれないけど、それが俺の幸せであり、俺と似た人の幸せになると確信してるし、すでにそうなってるから。
だから何かあれば極力直接伝える。
話は変わって、今グループとかYouTubeに投稿してる感じの動画、あれを更にハイクォリティにしたい。それには10万円くらいいる、20万円くらいあれば周辺機器も揃うか。。って思ってたけど、もっと最小限の構成にすれば6万円くらいでいけると思った。メモリーカードや充電は欲しいから、そこからプラス数千円から数万円にはなっちゃうんかな。。
あと、これで撮影したら保存する場所の容量も多分すごい事になると思うのでハードディスクから見直さないといけない。
今のカメラでやれてる事以上の事を更に高画質に出来ると考えるとワクワクする。買えるまでは今のカメラで頑張る。
手軽さを考えると、日常的に使うのには今のカメラがベストなんかな。鞆の浦とか尾道とか、もっと特別感を持って撮影したい。そういう時にいいカメラがあるといいなぁって思う。活動をすればする程活動資金が増えていくような仕組みを作っていかんといつまで経っても状況が変わらん。これも考えていきたい。
久々に撮影する楽しさを感じてる。もっと日本らしいところも撮影しに行きたいな。特別な場所じゃなくていい。ローカルな風景を撮り続けよう。
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