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この世の中は役割を補い合うように出来ている。 | なおきち思考日記

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人間関係

この世の中は役割を補い合うように出来ている。

子供の頃、自分が思い描いていた世界の形。きっと、本当の世界の形はその頃思っていた物とは違うのだと思う。

そんな事を最近よく思う。各自が見ている世界はとてもよく似ているけど、ルールも何もかも違うんだと思う。

どうしてそう思うかというと、思い込みや思考の癖が各自違うから。

 

同じ出来事が起きても全然違う捉え方をするのが人間なのだと思う。

俺は不幸な人には嫌な事がたくさん起きていて、幸せな人にはいい事がたくさん起きているんだと思ってた。

でも違うね。そうじゃない。

 

不幸な人と幸せな人の違いは”感じ方”だけなんだと思う。

考えてみれば、極端にずっと運がいい人ってそんなにいないでしょ。

そして運の正体についても考えて答えが俺の中で出てる。

 

自分自身を不幸だと思う人の考え方って、”他の人はあんなに楽しそうなのに自分は友達がいなくて寂しい。”みたいな感じ。笑

幸せな人の考え方って、”他の人がメチャクチャ楽しそうで自分自身は友達が少ないけど周りの人が楽しそうなのが自分の事のように嬉しい。”という感じ。

他者の幸せを自分の幸せのように思う心を自ら育んでいるから、他人の幸せまで自分の幸せだと感じてる。

だから自分の事のように相手の事を思ったり、相手が幸せになるように積極的に行動する。

相手が大切な人なのであれば、相手を幸せにする躊躇なんて必要ない。境界線なんてないのだから。

 

自分は不幸だ、運が悪いと思っている人の考え方って、なんで自分だけこんな思いしないといけないの?とか、あいつだけズルい!みたいなふうに思ってる。

恐いのが、他人に対してもあいつだけズルい!と思っていること。笑

自分はなんの努力もしないくせに人が幸せになると気に入らないらしい。

だから人の足を引っ張るみたいな発想になる。マジで誰も得しない。

相手の足を引っ張って相対的に自分の立ち位置が改善したような気持ちになり、そういう事に幸福感を感じている。

 

でも、現実はその人の感じている事と大きく乖離があり、足を引っ張ってくる人物なんて全力で拒否したいと思う人が多いだろうし、結果が出せる人は何度でも同じ結果が出せるので一度足を引っ張ったくらいで終わる事はほとんどない。

だからまた同じ人物が良い結果を出す事に歯がゆい思いをする事になる。

 

ここで、運の正体の話になるけど、俺が思った運の正体って、日頃の行いなんだと思う。

普段から人に優しくしたり特別感を持って接していると、相手からも特別感を持って接してもらえるようになる。

そしたら、頂きものが多くなったり協力してもらえる可能性が高まっていく。

これこそが運の良さの正体なんだと思う。

 

思えばチャンスって人が持ってきてくれる事が多いよ。偶然に偶然が重なって俺に声がかかったみたいな事何度もある。

声がかかるのって、”あの人なら”と思ってくれるからであって、日々の積み重ねや関係性でしかないでしょ。

ちなみに宝くじで大金が当たるのは運がいいとは言い切れない。

 

お金の使い方を知らないまま大金を手に入れてしまうと、結局振り回されて大金を使う習慣から抜け出せなくなり、むしろマイナスになる事だってある。

当たり前よね。大金を手に入れたのが習慣や関係性からではなく、ただの偶然だったのだから。

生活レベルを落とせない割に収入が増えていないのだから、最終的には無駄に上がった生活レベルだけが残るというわけだ。

これは運がいいとは言えないと俺は思ってる。

ギャンブルや宝くじで大金があたった事で最終的に不幸になる人って世の中たくさんいる。

 

 

自分で言うのもなんだけど、俺は幸せな人だと自分の事を思ってる。日々、嬉しい事やありがたい事が起きる。みんなのおかげ。

俺自身は好きな事やってるだけだからな。そしてちっぽけな自分をさらけ出して駄目な部分も出して出来るだけありのまま生きてる。笑

腹が立てば起こるし、嬉しかったら喜ぶし。

お金がなかったらお金がないと言うし助けてほしい時は助けてほしいという。

 

ここで今回の本題なんだけど、世の中には人の役に立ったり必要とされて喜ぶ人が一定数いるのだと思う。

逆に、人の助けがないと生きていけない人もいるのだと思う。まぁ、俺なんだけど。笑

俺は、俺みたいに性格が悪いクソ人間はなんでも自分で出来ないといつか一人ぼっちになってしまうから最悪出来るようにしないといけないと思い続けてスキルを磨く事を頑張っていた。

その結果、ある程度の事は自分で出来るようになっていった。

 

ある程度自分で出来るので、全部自分でやっていたら”頼れる人物になんでもやってほしい”と思ってる人達が集まってきた時期もある。

俺は正直好きな事にしか興味がないので、なんでもやるというわけではない。この感じでずっといくと不幸になると思った。

自分の駄目な部分を出したら嫌われて一人ぼっちになると思い込んでた。

だって、親や家族でさえ俺の子供のときの自己中具合は今でも語り草になるほどだから。笑

それくらい突出した自己中の才能を持ち合わせているので、他人からすればマジでドン引きするレベルで誰からも相手にされず孤立するに決まってると推測していた。

 

事実は小説より奇なり。

ガチで一人ぼっちになる覚悟を決めて本当の自分で生きてみたらどうなるんだろうと思ってやってみたのが数年前。

確かに周りの人間関係は大きく変わり、たくさんの人が離れていったのだと思う。

俺的には自分から切っていったと思っているのであまり気にならなかったというのが正直なところ。

もともと狭く深く人と関わるので浅い関係が切れる事になんの不安感もなかった。

そして清々しい人間関係の日々が始まる。

 

今は割とサバサバしていて、最悪一人になる覚悟は持っていながらも以前より親密な関係性を築けていってると思う。

大きいのは、活動を支援してくれる人が複数人いること。

俺が生きる上で中心にあるのが自分の活動なので、これは本当に嬉しい。

 

誤解を恐れずにいえば、俺は自分が仕事をする事は効率が悪いと思っている。生み出せる価値がどうしても限定的なので。

俺が生み出せる価値はお金にはなりにくいけど生きていく上で大切なものだと自分では思ってる。

たとえば、居場所だったり楽しい時間だったり心からのコミュニケーションだったり。

 

お金にはなりにくいので、仕事をしては空いた時間で活動をしていた。

でも本心ではずっと、俺が活動に専念出来る方が絶対にいい!!!と思ってた。

お金は誰だって働けば稼げるでしょ。でも、活動を通じて価値を生み出す事については誰にでも出来ることじゃないと思ってるし、お金より人と人との深い信頼関係のほうが圧倒的に価値があるでしょ。

俺はずっとお金には恵まれず人に恵まれてきた。

片意地張って誰も頼らずに自分の稼ぐ力だけで生活してきた時期は長い。本当に効率が悪くてどうしょうもない。下手くそなんだよ。どんくさい。不器用。

普通の人が普通に出来るような事も出来ない。雇用される事が向いていないと思ったので模索してたらフリーランスになってた。

今はしっくり来てはいるんだけど、活動に専念したいというのが本当の気持ち。

 

俺は親しい相手の事を特別に思う事って普通だと思っていたんだけど、特別だと思われたいという欲求がもしかしたら世の中には蔓延しているのかもしれないと思った。

そして特別な関係性って、一方的なものではなく相互作用のもと深まるのだと思った。

こちらが相手に対してありがとうと感じている事自体に、相手が俺に対してありがとうと感じてくれる。笑

そんな不思議な関係性が特別感の正体なのだと思う。

そして相互に特別だと思う気持ちが作用し、お互いが幸福になっていく。

 

たくさんの相手と接していてたくさんの特別が生まれたとしても、一つ一つの特別感には色のようなものがあり、どれも比べる事が出来ないもの。

一つ一つの宝物みたいなイメージか。だから俺は宝物に囲まれて生きているから幸せなんだなと思ってる。笑

どんくさい俺を助けてくれる人はマジで神。

あ、でも助けてほしい部分は結構決まっていて、自分でやりたい所にまで手を出されると「おい!」ってなる。笑

だからアドバイスとか意見とかこちらから聞いた時以外、ほとんどの場合いらない。

文字にしてみると本当自己中だな。笑

 

なんでもかんでもありがとうというより、本当に心からありがとうと思えるポイントを伝えていったほうがお互い無駄がないじゃん。

だって、相手からすれば喜んでほしいと思ってくれているわけだから心から喜べるポイントを伝えたほうがいい。

自分でなんでもやらないといけないと思う気持ちって、どこかには無いといけないような気はしてるんだけど、助けたい、喜んでほしいと思ってくれている人が参加できる余白というのは残しておかないと特別感を持った関係性すら作れないのかもしれないと思った。

相手は助けたい、喜んでほしいと誰にでも思っているわけではなく、こだわりを持って俺に接してくれているわけだからそれも嬉しいわな。

 

まさに人と人の関係性って、お互いがお互いを必要とする事で生まれるのだと思った。一方的に与え続ける関係性においては成立しない。

足りないものを無理なく補い合う、補完し合う、与え合う、言い方は色々あると思うけど、結局お互いが求めているものをお互いが与え合っているという関係性が”相性がいい”ということなのだと思う。

 

この関係性において他者がどうこういう事なんて本来出来ないはずなのに、考え方が合わない人の価値観の押し付けに怯えていた。

合わない人の声を恐れて自分の大切な資質を制限していたように思う。

精神的な充足感ってすごく大切で、それは物やお金の価値を超えるよ。

俺の活動の目指すところはまさにそこで、そこに価値を感じてくれる人が支援してくれたり協力してくれたらすごく嬉しい。

その事を真っ直ぐに伝え続ける事を恐れたらいけないと思った。

そう思っている事を伝えないと伝わらないし、一人ひとりの応援がないと俺の望む未来は来ない。

 

その代わり、お店で物を買ってパッと手に入るようなものではなく、形容し難い幸福感や人生において大切な物が手に入る場所を作れると思ってる。

それは人によっては、重要な関係性だったり楽しい時間だったり理解してもらえる喜びだったり様々だと思う。

俺の価値観に基づいて活動は形成しているので、価値観が合う人だけしか関われないと思うのですべての人が満足出来るとは限らない場所になると思う。

それでいいと思ってる。すべての人が満足出来る事なんて絶対にないだろうし、すべての人の意見をまんべんなく取り入れようなんて最初から思ってないから。

 

自然に価値観が合う人達が集まって楽しくやっていけたらいい。そんな場所を作り上げていく事に協力してほしい。

人生レベルで大切な場所になると思ってる。少なくとも、俺にとってそういう場所を作りたくて活動を続けているので。

俺の足りない部分を補ってくれる存在は本当にありがたい。

俺が俺らしく生きる事を手伝ってくれているとも言い換えられるので、特別感を抱かないはずがない。

 

相手の幸せを自分の幸せのことのように感じられる人と繋がっていきたい。

その上で、本人が感じているコンプレックスに寄り添ったり分からない事を共に解決していけたらいい。

誰に対しても満遍なく接するのは逆に不公平だと俺は思ってる。

大切だと思う俺個人の感じ方だって尊重していいはず。

かといって、その他を蔑ろにしていいという事じゃなく、ね。

 

世間一般の価値観ややり方なんて俺の活動の中ではどうでもよくて、自分の頭で考えて行動していきたい。

何度も失敗しながら試行錯誤していく。

 

頼る事は駄目なことだと思いこんでた。でも、協力したいと思ってくれている人がいる場合、最大の感謝の気持ちを持ってお願いするというのは悪い事ではないのだと思った。

活動の中で、自身の心も成長していく。

子供の頃に思っていた世界の形とは違うのだと本当に実感する。

 

リアルな世界の輪郭は、この手で触れて手探りで見つけていくしかない。

道がないと思っていた場所で、壁のように見えていたものが実は幻想だったと気づく事もしばしば。

下が見えない場所から飛び降りるような恐さの中、自分の仮説を信じて飛び降り検証していくような事もよくある。

嫌われる覚悟を持ったときがまさにそう。

 

誰も本当の事なんて教えてくれないし、そもそも答えを知ってる人なんて少ないのかもしれない。

それに、答えはきっと一人ひとり違うので、誰かにとっての正解も自分にとってそうだとは限らない。逆もまた然り。

誰もがカスタムされた答えを探さないといけないのであれば、やはり手探りで実際にやってみて感じたことを反映するしかない。

 

もし、この世界に住んでいる人達が無数の役割を担っていて、凹凸のように当てはまるような関係性にあるのであれば、自分らしさを全うしない事はとても勿体ないことだ。

嫌われるからダメで好かれるからいいという感覚は違うという事を確信してる。

なぜなら、感覚や価値観の違いで一つの出来事に対して好きな人と嫌いな人が両方生まれるからだ。

 

幸せな人と不幸な人の思考と同様。

だから、嫌われる事を恐れる事自体に本来意味がない。

ただのシグナルでしかないのだと思う。

嫌われた時は確認作業をするタイミング。

嫌われた原因は、自分の中で貫いていいものなのか。

貫いていいと自分自身思えればそれでいい。

すべての人に愛される事なんて不可能なので。

だったら、自分が好きだと思う人達が自分を好きになってくれるのが一番いい。

平均的に満遍なく嫌われないようにする事は、同時に平均的に満遍なく好かれないようにしている事と同義なのだと思う。

つまり、居ても居なくても変わらない存在に近い。

 

胸をかきむしるような愛しさも憎悪も、きっと核となるものは同じだ。

相手がどう受け取るかという問題だけだ。

そこをコントロールしようとするのは驕りだと思う。

というか、それをしようとする事にほとんど意味がないと思う。

 

ありのままの自分でいられる事が俺にとっての幸せの形なのであれば、その事により失われる物も把握し、痛みと共に引き受ける事になるんだろうな。

”すべての人に愛されるという事がイコール幸せ”というわけではないという事に気がつくまで随分時間がかかったように思う。

ありのままの自分で世界の中の役割を全うしたなら、きっと、その役割を自然に欲してくれる人が出てくる。

偽った自分で人と接する事は、本来の役割を隠す事になり、苦しみや不一致感を生み出す。

情けない所まで愛される存在が最強なのだと思う。

猫が好きなのは、そういう意味での完全体だと思うから。

人より猫に学ぶことのほうが俺にとっては大きい。猫だったらどうするだろうと考え参考にし、同時に癒やされる。

ありのままで居て嫌われ、好かれ、好き勝手判断されても、結局それ以上でもそれ以下でもないんだよな。

本当の自分の想いは自分の中にあればいい。どれだけ誤解されても自分の中の想いに手を伸ばせる他人はいないのだから。

絶対に侵されない場所に大切な想いを持っていてそれを軸に行動していれば軸なんて意識しなくても広い意味では軸はぶれようがない。

一人の人間の価値観の中での事だから。変化する事はあるけどね。定期的な変化すら、軸の一つとして捉えたらいい。

一つの中の価値観が判断基準となっている変化なので、やはり広い意味での軸はぶれようがないので。

 

あたたかな木漏れ日の中で日向ぼっこをする猫のような幸せを日々感じていきたい。

じんわりとしたあたたかさ。

瞬間を全身で味わうような感じ方が素晴らしい。

自分らしさを強く持っている人間は、自分らしく生きるという覚悟を持ち、痛みを引き受け生きる事が幸せに繋がるのだと信じてる。

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    優しい人が周りに居てくれる幸せ。

    もうちょっとで広島県福山市周辺最新情報Facebookグループのメンバ…

コメント

    • もか
    • 2020年 2月 29日
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    通りすがりのものです
    「検索 世界にうんざり」でたどり着きました

    補い合う世界
    私も令和の時代にそれを願っています

    価値観的な意味で
    世界ってとてもとても広いですね

      • naokiti3
      • 2020年 3月 12日
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      ありがとうございます。そうですね。
      僕は世界を変えることは出来なくても、自分の身の回りや自分が作り出した活動の中だけは快適に整えていきたいと思っています。
      パブリックな場所ではどうしようもない事も、自分の考えを知ってもらい共感してくれた人たちだけで集まればその小さなコミュニティの中だけはその価値観が保たれるからです。
      この世界にうんざりしている人も、同じようにうんざりしている人と繋がり、うんざりしない世界を小さなコミュニティの中で実現していくのがいいと思っています。
      ニッチな価値観も小さなコミュニティの中では成立しますもんね。
      価値観がどんどん多様化していく中、心を守り分かり合うには他の価値観を極力否定しないようにしながら自分達の価値観に特化していい場所を作ることが大切だと思っています。

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