10歳の10年の重みと、90歳の10年の重みは違うだろう。

どちらも違う重さのように感じる。

生まれてから最初の10年というのは、想像もできないくらいたくさんのことを吸収する。

90歳にとっての10年というのは、多くの人が100歳まで生きられないということを考えると、高確率で10年以内に死んでしまうということ。

 

考えさせられる出来事があってさ。

まだ何か大きなことが起きたわけではないけれど、確実に時間はすぎていく。

 

俺にとってのここからの10年というのも本当にたくさんのことが起こるという覚悟をしなければならない。

自分自身のことというより周りの変化。

望まないこともたくさん起こってしまうんだろうな。

仕方のないことと分かっていても、気持ちの整理がつかないこともあると思う。

 

自分らしさをどれだけ保っていても、確実に時間とともに自分以外の存在も変化していってるんよ。

行動しても行動しなくても、その変化は止められないんよ。

 

そんななか、「後悔しない選択をしよう。」と誰もが思うだろうけど、そんなに簡単なことではない。

意思だけで人は動けないもの。

どれだけ強く思おうとしても、日常の軌道からは抜け出せない。

そしてそんな日々を、何か起こってから強く後悔するんだ。

 

そんなことの繰り返しだよ。

そんな繰り返しのループの頻度が、自分の年齢と共に高くなってしまうのだと思った。

 

自分の意思で変えられずとも、運良くチャンスがきたならせめて乗ろう。

拒否してまで日常を貫く必要はないよ。

日常の中に特殊なパターンを入れるのは恐怖に近い感覚がある。

 

特に、フリーランスのような特殊な生き方をしているから尚更なんだと思う。

いつもと違うことに時間とお金を使ってしまえば、簡単に生活が崩壊してしまうような、そんなギリギリな生き方をしてしまうので。

もっと余裕を持って生きられればいいのだけれど、何度そう望んでもギリギリの選択をしてしまうんだ。

 

能力的には、もうちょっと余裕を持てるはずなんよ。

自分の奥底の意思が邪魔をする。

お金より何より「自分らしくあること」に相対的に価値を勝手に支払ってしまう。

 

お金に少し余裕が生まれようとすると、自分らしくいられる時間を最大限確保しようとしてしまう。

無駄遣いをするとかそういうことではなく、興味があることを調べたり実験してみたりすることにお金を使ってしまう。

もしくは、気持ちが前のめりにならないことを切って自分らしい時間を確保しようとしてしまう。

 

それは悪いことではないと思っているのだけれど、そのせいでいつまで経ってもお金に余裕が生まれないというのも事実。

お金に余裕がないと時間にも常に余裕がなくなってしまい、生活のリズムを壊すと簡単に生活が破綻するという状態を生み出してしまう。

 

これからイレギュラーなことがたくさん起こることが予想できるのに、お金と時間に余裕がないというのはヤバすぎる。

人生の中でいくつもない大切な出来事を大切にできなくなってしまうんだ。

嫌なのに、それなのに意思では簡単に自分の日常を変えられない。

 

これは痩せたいのに痩せられないあの感覚と似てるよね。

そのもっと重たい版。

 

自分の場合、違うアプローチじゃないと無理なんだ。

人によっては強い意志でどうにかできるんだろうけど。

俺の場合は興味があることを圧倒的にやって結果を出して、結果として余裕が生まれる。

それ以外にどうにもならない。

 

うまく結果が出ていないというのが現状。

ちっぽけだ。

 

こんな時、「小学校の時に嫌なことがあって泣きながら帰宅した」時のような気持ちになる。

涙で前が見えずにそれでも急いでお家に帰りたくて。

なりふりかまっていられなくて。

混乱した頭で動かない思考回路でひたすら安心を求める。

 

 

いつも上手にできなくて。

気持ちはあれど前に進めなくて。

自分だけのことならそれでもしょうがないと思えるんだけど、ここから10年以内に起こるであろうこと、10年より先に起こるであろうもっと大きなことを考えるとどうしようもない気持ちになることがある。

 

みんな、うっすら分かってんだ。

その準備をしている人もいれば、気持ちの整理をしようとしている人もいる。

歳を重ねていくというのは、こんなにも重たいことだったんだな。

 

街に出ればどこにでもいる知らない人達もきっと、それぞれにこんな思いを抱えたり、一人では背負いきれないことを抱えて生きてんだな。

もっと優しくならんとな。って思った。

 

この世界が丸い器だとしてさ、自分達は油のような浮く存在で。

少しずつ水で満たされていく容器の中でふわふわ浮いてる。

隣り合った油とはくっついてみたり混ざってみたり。

水の流れにより離れたりしながら過ごしてる。

 

やがて、この丸い器から溢れていく。

丸い器の中で共にいられる油たちの時間は限られていて、確実に水は器を満たすんだ。

望まなくても確実に。

 

自分の視点からはそのように見えるよ。

世界はもっとグラデーションのようになっているのだろうけど。

自分ひとりの視点からみればそうなんよ。

 

ずっと楽しいままで悲しいことなんて起こらなければいいのに。

いつも思うこと。

時間が進んでいる以上、たとえ幸せな日々が続いたとしてもいつかは終わりがきてしまうんよなぁ。

そのことが本当に悲しくてさ。

嫌なんよ。

 

普段、何もできていないやつが言えることでもないんだけどね。

それでも素直にそう感じてしまう。

 

自分にとって数少ない大切な人達も、どれだけ良好な関係を築けたとしても時間とともに最後には会えなくなってしまう。

誰もがそうなんだ。

ずっと同じなんて無理なんだな。

意思とは関係ないところで離別することになる。

 

自分の倍生きてる人達はこの事実をどう受け止めているのだろう。

達観しているのかな。

それとも、慣れずにいつも初めてのような強い悲しみに打ちひしがれているのかな。

他人事じゃない。

 

具体的なことを書いていないから読んでもよくわからないかな。

なんとなく想像つくか。

まだ何か起きたわけではないけど10年以内に確実に望まないことが起こるよなぁ。。って実感したという話。

 

1ヶ月以内にちょっと出かけてくるよ。

何年ぶりだろう。

機会をもらえたことに感謝だ。

自分の力ではどうにもなっていないから。

周りの人の優しさに甘える。

ありがとう。

 

本当具体的なことを書かずに申し訳ない。

察してくれ。