現在も6000人規模のグループを運営してるけど、過去には3000人くらいメンバーがいる遊びを目的としたコミュニティを運営していた。その時も自分で作って管理してた。本部は自分で運営、支部は任せて運営していた。
人と人ってお互いに影響しあってると凄く感じた。一般のメンバーと遊びを通して無数に出会い関わってきたけど、その中でマイナスよりの人とプラスよりの人を見分けられるようになった。俺が面白いと思ったプラスよりの人はほぼ間違いなくコミュニティの中でも中心にいく。
俺の価値観のもと作り上げたコミュニティだから当然といえば当然なんだけど。普段人見知りだったり友達が多いほうじゃない人でも、俺のコミュニティの中では中心人物になる事が少なくなかった。ただの人見知りと、単純に嫌がられる人って別物だというのは凄く感じてる。
ただの人見知りの人の場合、単純に思慮深く言葉を選んで喋るがあまり、言葉が上手く見つからず会話に入れなかったり気を使って上手く出来てない事が多い。この手のタイプは、騒ぐ事よりもじっくり語ると良さが引き出される。複数の視点を持って物事を見ていたり深く物事を追求する人が多いので話していて勉強になる事が多い。
逆に、直感にパラメータを振り切ってる人も面白い。いわゆる根明と呼ばれる人達。その中にも優しさを見せる人がいる。単純にガサツな人は苦手だけど、自分の人生を生きて人に優しい人というのは関わっていても嫌な感じがない。まるで子供のような純粋さを持ち合わせたまま大人になってる。
様々なタイプの人がいるなかで、その人との相性が発展と幸運に結びつく事があると感じた。発展という意味では、コミュニティの核となる人物はその人がいるだけで華やかになり場が明るくなる。自然にこの人好きだなぁと俺が思った人はこの手のタイプが多い。
幸運という意味では、積極的に人に貢献しようとする人っておるんよね。惜しみなく協力し、良いと思った事に時間も労力も注ぎ込める人。人物との繋がりも惜しみないので、当然こういう人の周りでは幸せが溢れてる。
だから案外今の自分の状況って、無意識のうちに周りに影響されてるって思った。足を引っ張る人や他人の成功に嫉妬する人を周りにおくと当然足を引っ張られるし、運が悪いと思うような出来事を意図的に作り上げられてしまう。関わってしまったが最後、勝手に粘着される。
結果、思ったのは価値観があまりにも違う人とは最初から距離を置いたほうがいいという事。自分とは違う価値観を否定するという事ではなく、様々な価値観があっていいという前提のもと、距離を置く。無数にある価値観同士には必ず相性がある。距離が近すぎると争いに繋がったり不幸に繋がる。
極端に様々な価値観を周りにおいて実際にどうなるかやってみた事があるからこそ今こう思ってる。ここ数年、自分の価値観を全面に押し出してやってみてるけど、やはり快適だ。不特定多数の人達と関わる可能性があるなら、やはり自分の価値観は出しておかないといけないし迎合しないほうがいい。そのうえで関われる人は絞られるけど、それでいい。絞られるというのは遠い価値観の人が距離を取るからだ。
誰にでも、「この人といた時期は楽しかったなぁ。」とか、「この人といた時期はなんでも上手くいったなぁ。」とかあるんじゃないかな。それは、その人との相性がよかったんだと思う。良い事ばかり起こったと思う人もいるだろうね。確実に運も上がるから。優しい気持ちになれる機会も増える。
逆に、「この人と距離を置いてから上手くいかない…。」とか、「この人に距離を置かれてからパッとしない…。」みたいな事もあると思う。プラスが取り除かれるどころか、その人がいなくなった事でマイナスな出来事が増えたというパターン。知らない間にその人が裏でバランスを取ってくれていたり水面下でフォローしてくれてたなんて事もあるんよ。
それに気付かず、全て自分の力だと思っていた人はこうなる。お金の巡りとかも結構周りの人の影響を受けてると思う。俺の周りにも、「必要な時には必要なお金が入ってくるようになってる。」と豪語していた人がいて、実際に見ていてそんな感じだった。面白いなぁと思って見てたけど、ある時、その人が仲いい人と距離を取ったんよね。それから魔法が切れたかのようにお金の巡りが悪くなっていってた。
これは不思議なんだけど、距離を置く前も別にその相手からお金をもらったり手回ししてもらってたという事は恐らくなくて、どちらかというと金運がいいと思っていた人が助けてあげてるように見えた。
この現象って、恐らく金回りがいいと思っていた人が、お金に恵まれない方の人に純粋に協力しようと思って動いていたから、それが良かったんだと思う。人の為と自分の為で結果が大きく違ってしまうパターンね。そして人の為に動く事が結果として自分の為にもなってるっていう。この「人の為」という部分がなくなり、「自分の為」に切り替わった瞬間からお金が入って来なくなったんじゃないかと分析してる。
こういう事って結構あると思う。上手くいかない時、逆に上手く行きだした時、今までと何が変わって流れが変わったのかを注意深く見てみると楽しい。それをずっと繰り返してきたからちょっと気付けるようになった。
そういえば先日、支援のお願いをして複数の方々が賛同してくれてグループにもコメントまで残してくれた。あのコメントってすごく重要で、流れが生まれるんよな。それを意識して書いてくれてた事がメッセージで分かって気持ちがすごく嬉しかった。優しい。
支援のお願いをして賛同してもらえるかどうかって、日頃の活動もそうだけど、関係性も重要になってくる。あと、そもそものお金の価値観も関係してる。活動でお金を集めるべきではない、本業で稼いで活動に回せなど。その点はグループの方で理由を書いてるけど、そもそもお金に関する価値観が違うって致命的なんよな。これを「いろんな価値観があるし…。」で済ませていたら支援なんて募れなかったと思う。恐すぎでしょ。笑 支援をお願いする度に批判されるとか。
いや、ある程度覚悟はしてやってるし、説明もめちゃくちゃするんだけど、俺の場合感覚と価値観が合わない人を自分の周りに置いていないので今回一件もそういう意見はなかった。確か、一回目に支援のお願いをした時だったかな、実際に上記のような意見が出たんよ。笑
意見が上がる度に丁寧に説明し、あまりにも価値観が合わないのであれば距離を取らせてもらう事によって今の環境が生まれてる。全て対話の結果。継続的な活動をしていくには、継続的に活動の中で資金を得ていくしかないので毅然とした態度でこれからも臨む。
発言と行動によって、俺の周りにいる人達は絞られていくので自然に近い価値観の人だけが残っていく。あまりにも違う価値観の人とはどこかで対話する事になり、結果として納得してもらうか距離を置くかになる。もちろん、相手の言い分に納得できれば俺が考えを変える事もある。納得出来ないままその人との距離感を維持する事はない。相手が納得していないのに近くに置こうとも思わない。距離感は正しく測っていく。
目指すは無理なく関われる関係性。その大前提として価値観が合っている必要がある。だから、ここは重要視していく。人との相性って確実にあると思うので、相性がいい人には近くにいてほしいという気持ちはある。自分だけの事じゃないので難しいけど。
感覚のままに良い所もダメな所も出していけば自然に調整されていくと思ってる。自分を中心に何かやってる人にはおすすめ。ただ、マジで一人ぼっちになる可能性はあるのでそれを覚悟できる人だけな。笑 幸い俺は大丈夫だったけど、そもそもの人間性がクソすぎる人は状況が悪化する事もあるかもしれんよ!笑 誰でも全てを出すってムズいと思うので、できるとこまででも。
これやってみると分かるけど、案外自分のダメなとこを面白がってくれる人って出てくるんよな。笑 「ちゃんと」する事だけが正解じゃないってことじゃな。特にこれからの時代は。嫌われてしまう覚悟を持って発言してみると、案外自分が考えていた事はちっぽけな事だったと気付く事もある。他の人からしてみれば大した問題じゃないというか。大体嫌われてしまうかもしれないと思うその対象って、自分と価値観が合わない人を想定しているので、そりゃ価値観が合わない人には嫌われるよって話じゃん。当然よな。笑
価値観が合わない人には嫌われて、価値観が合う人にはより好きになってもらうという行為なんだと思う。人に嫌われないようにするという事は、人から好かれないようにするという事にもなってしまっている。「いい人止まり」の人ってまさにこのパターンなんだと思うんよね。「いい人なんだけど…。」ってなるやつ。「いい人なんだけど(魅力はない。)」ということ。嫌われないようにするっていう事は好かれる事に繋がるのではなくて、無関心に繋がってしまうんよな。笑 好きな人と嫌いな人って、いい意味でも悪い意味でも気になるじゃん。好きか嫌いかはっきり分かる。どちらでもない印象の人って、可もなく不可もなくという感じ。面白くはない。
人との関係性って面白いね。俺は何度も人にピンチを救われてきた。協力してくれた人達には幸せになって欲しいとほんまに思う。発展と幸運をもたらす間柄になれる人は特に大切にしたいね。
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