この事についてずっと考えてきた。何も考えていなくても、何もしなくても愛される人を見てきた。
それとは別に、どれほど頑張っても嫌われる人も見てきた。かといって、頑張っていなくてもその人は嫌われていった。
俺なりに分析してみたんだけど、人の感じ方と自分の感じ方があまりにも違いすぎて、合わせても見当はずれになり、ありのままいても感覚が違いすぎるというどっちにしても不正解になるパターン。
俺は出来る事ならこういう人にも幸せになって欲しいと思う。俺の問題とこの手のタイプの人の問題は別なので、俺が考える事ではないのだろうけど、苦しさはわかるんだ。
少なからず俺も一般的な感覚と違う感覚を持っていて、この違いを知識と経験で補正してきた。
雇用されていた時には、この補正の力だけでやっていた。
だからずっと苦しかった。でも、なんとかやれた。
自己啓発やスピリチュアルの世界では、色んな事を言う人がいる。
努力をしろ、努力をするな、ありのままいろ、対人スキルをつけろ。
全く正反対の事を言っている人達の言葉に惑わされる事もあるだろう。
どの人も嘘をついているわけではなくて、その人はその方法で成功したんだと思う。
誰の言葉を信じるかは、自分がどういう人間なのかによるだろうし、正解は一つではないだろう。
ありのままいる事はラクかもしれないし、時に大変かもしれない。
ありのままいる事が正解の人もいればそうじゃない人もいる。
困ったことに、この手のタイプは自分に向いている事が分からない人が多い。
しかも何かを盲信している時にはこちらの言葉が届かない。
見守るしかなくなる。
ありのままいれば幸せになれるという言葉を逃げ道に使ってる人を見る。
俺もどっちもやってみた。ありのままいること、頑張り続けること、どちらもやってみて、俺が思ったのは、正直どちらにしても結果は出せるのだと思った。
あとは、好き嫌いの問題だとは思う。
ありのまま居てうまくいかないのであれば、無意識で決定している判断が嫌われる方を取っていっているという事なので、そこを補正するしかない。
なので、最終的にありのままいられるようになるかもしれないが、その過程では頑張らないといけない時期もあるのではないかと思う。
よく考えてみれば当たり前の事だ。
無意識に選んでいる判断基準が全て幸せになる方を選ぶようになっている人はありのままで幸せになり、そうじゃない人は不幸になる事だってあるよ。
全員に同じ事を当てはめるのなんて無理だよ。
だって、魚を食べて美味しいと感じる人もいれば美味しくないと感じる人がいるように、土台となるものの感じ方が違えば同じ出来事が起きても感じ方が違うのだから。
人によって、もう少し肩の力を抜いた方がいい人もいれば、もっと努力をしたほうがいい人もいる。
そうじゃない?俺はそう思う。
自分に合わない方法を続けていって理想を求めるのも自由だと思うけど、俺の考え方はこんな感じだな。
努力の末、夢を掴む人もいれば力を抜いて上手くいく人もいる。
コミュニケーション能力の低さは、経験値の低さと勘違い的な感じ方からくるんだよ。
その一つ一つを補正していけばいい。
悪気なく相手を怒らせてしまう、どうして相手が怒っているのかわからない、そういう人は俺がハッキリ言ってやる。
どこがイラッとさせてんのか。言葉の選び方で上から目線になってる場合が多い。
あと、的外れな事を相手に伝えたり聞かれてもないいらない情報を挟んだり。
声の大きさ、トーンで不快にさせている事もある。
俺自身、ありのまま居て嫌われるかどうかここ数年かけてやってみた。
俺の場合は、ありのままいるほうがいいような気がする。
その事によって嫌な事ももちろん出てくるけど、それでも自分の性格的にこっちがいい。
狭く深く関わるタイプだから。
そう感じたからこそ、全ての人はありのまま居たほうが幸せになると言いたいけど、周りを見ていて明らかにそう言えない人がいる。
生きてきた中でたくさん悲しい事があったり嫌な事があったら歪んでいく。
自分の弱い所を認め、苦手な事から向き合ったら何度でも歩き出せる。
向き合えない時は逃げ続けてもいいと思う。
最終的にどうやっても向き合わないといけない日が来るのだから。
俺の場合は、ありのままの自分を一旦捨てる事で社会性をある程度身につけた。
そしてやはり違和感があったのでフリーランスになった。
学生時代や社会に出てから人に合わせるという事を覚え、無駄ではなかったと思う。
何もなく、何の経験もなく今の自分があるわけじゃないんだよな。
オンラインサロンメンバーがもし、人間関係や人生について真剣に考え悩んでいるのなら一緒に考えたい。
俺は俺の考えしか分からないから、あくまでも俺が思う最善を伝えるだけだけど。
同じように悩み、苦しんでいた時期があるからこそ、暗闇の時期があるのなら、抜ける手伝いをしたい。
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