歳を重ねるにつれて自分自身の矛盾と向き合うことが増えた。
それは指摘する作業ではなく、目の前にいる相反するもうひとりの自分と共に考える作業。
横に座り直して友のように語る作業。
フリーランスになった時、簡単なデザインをすることから始めた。
デザインといっても、もともとある感覚を活かすだけで専門学校に通ったわけではない。
独学。
ありがたいことに依頼はもらってた。
といっても、当時仲良くしてくれていた方々が依頼してくれていたというのは大きい。
付き合いや優しさを多分に含む依頼だったと思う。
その節はありがとう。
そもそもフリーランスになったのは、雇用されるという形態自体に違和感を感じていたからというのが大きい。
上司や会社のいうことなら理不尽なことであろうと納得できなかろうと受け入れなければならない、そうじゃなければ辞めなければならない。
もともと会社には理念やその会社特有の文化みたいなものも存在するんだ。
そこに入れてもらっているのは自分なのだから、受け入れるか嫌ならやめるしかない。
そう思ってた。
上司個人の理不尽さについては直接噛み付いたりしてた。
めんどくさい従業員だったと思う。
しかし、会社が決めたことなら受け入れるか嫌なら辞めるかだと思ってた。
厳密にいうなら、上司の言葉は会社の言葉として聞かなければならなかったんだろうな。
立場上、上司とはいえ人間的には程度の低い人間というのが透けて見えてしまうとどうしても従う気になれなくて。
これは社会においてはこちらが悪いことになると思うんだ。
その辺りは自分の感情とは別の感覚として一応理解しておく必要がある。
その上で自分がどうしたいかだ。
フリーランスは誰も指図してくる人がいない。
取引先から仕事上の指摘を受ける可能性はあるけれど、理不尽だと感じればこちらから取引を継続しないという選択をとれる。
もちろん、取引先から取引を継続してもらえないということも起こりうる。
不安定だけど、これはフェアなことでありお互い身軽だ。
不要な従業員を抱えて会社が沈むなんてことは今の時代増えてると思うんだけど、本来沈まなくてよかった会社もあると思う。
だけど、簡単に従業員を切れないのは従業員からすれば生活を守ってもらうために必要なこと。
会社だって、この条件があるから従業員に働いてもらえるわけで。
だから従業員が重荷になることはあるかもしれないけど、従業員からもそれだけのメリットを会社は受け取ってるんよな。
もともとシステムに不満を持ってグチグチいうというよりは、「自分だったらどうだろう。」と考える方だった。
不満を持ったなら、「じゃぁどうすれば解決できる?」と。
解決案も提示せずにグチグチ言ってるだけなら誰でもできるし、そういうのはしょうもなさすぎると思う。
なんの生産性もないのに害だけあるとか笑えない。
前置きが長くなった。
フリーランスになってデザインでうまくいけば幸せだと思ってた。
でも、ある程度うまくいったら想像もしないことが起きた。
「めんどくさい」という感情が生まれてきたのだ。
あれだけ好きで自分で始めたことなのに。
この時、「デザイン」がしたかったわけではないんだと感じた。
同時に、もっと深く自分の本心と向き合った時に感じたのは「自分が良いと思ったものを作りたい」ということだった。
依頼の内容のほとんどは、依頼者の代わりに自分ができることをやるということ。
つまり、自分が持っているスキルで依頼者のやりたいことを叶えるということ。
できることなら、依頼者が想像するクオリティの上をいって。
それがゴールであるはず。
だけど自分の本心と向き合ったときの感情は違った。
依頼者が望む「良い」の基準と自分の「良い」の基準がぶつかった時、自分の基準を大切にしたいと感じてしまったんだ。
傲慢でありエゴ意外のなにものでもない。
でも、気づいちゃったんだよね。
目の前の人を喜ばせることより、俺は自分自身のやりたいことを優先したかったんだ。
そんなちっぽけな人間なんだと。
一旦、どんな自分も受け入れるようにしてる。
「そうなんだね。わかったよ。」と。
そのうえで、「じゃぁ、どうしていこっか。」と子どもに問いかけるように自分に問いかけるようにしてる。
本心と向き合え受け入れた後、やることは。。大して変わらなかった。
表面上はね。
考え方を変えた。
本当にうんざりしたならやめたらいい。
だけど、生活もあるので仕事として続ける。
そのうえで、本当にやりたいことは自分の活動の中でやればいい。
仕事は自分のやりたいことよりも依頼者が望むものを優先する。
そこは割り切る。
その上で、いつか依頼を受けなくていいくらい自分の活動を形にする。
やっているうちに心が成熟して本当に自分のやりたいことよりも依頼者の願いを本心で叶えたいと思えるようになるかもしれないしね。
依頼者の願いを叶えてあげたいという気持ちはあるんだ。
だけど、自分の良いと思う感覚とぶつかってしまった時に「絶対こっちのほうがいいのに。。」と傲慢な心が見え隠れしてしまう。
依頼者からすれば、俺がいいと思ってるかどうかなんてどうでもいいだろうに。笑
だから傲慢なんだよ。
しょせん、俺は自分がやりたいことをやりたいだけの人間なんだ。
人の幸せは二の次。
誰かを幸せにするために自分を犠牲にしたり後回しにしたりできるような人間じゃないんだな。
そんな自分の小ささを感じながらも人の幸せは心から願うようにもしてる。
自分も自分以外の人たちも快適で幸せなのが一番いい。
そうなるには距離感も大事だし、自分の本心が何を求めているのかを自分自身が知ることが大事。
表面上のやりたいことの奥に隠れた本質が大事。
デザインをしたかったわけではなく自分が良いと思ったものを形にしたかったように。
その上で、じゃぁ依頼者の願いは叶えたくないのか?叶えたい。
じゃぁ違和感は何?「良い」の基準がぶつかった時に、絶対に自分の感覚のほうがいいと思ってる。
そこに違和感があるんだね。じゃぁ仕事として割り切れる?うん、割り切れる。ダメだったら仕事を終わらせて新規で受けないようにする。
そうだね。そうしよう。
脳内ではずっとそんな会話が繰り返されてる。
人ってさ、無意識のうちに役割を入れ替えながら生きてると思うんよ。
迷子になった子どもがさ、迷子センターでお母さんの顔を見た途端泣いちゃう感じあるじゃん。
あれは、大人に迷惑をかけないようにする社会的な役割の自分を無意識に演じていて、お母さんの顔を見た途端にその役割が解除され本来の自分に戻るからだと思うんだ。
仕事で辛かった時とかを思い返すと、やはり脳内でいくつかのキャラが違う自分がいた。
多重人格とかではなくて、本来誰しも多かれ少なかれそうやって耐えてんだと思う。
じゃないと、やってられないからね。
精神が不安定な時に出てくる子どもの姿と感覚を持った自分もきっと必要なんだ。
自分は飽き性だと思ってた。
いろんなものに目移りして夢中になる対象が変わって。
でも、本質は変わってなかったんだ。
美しいものが好きで楽しいものが好きで快適で優しいものが好きだ。
魅力的なものが溢れてるこの世界で思う存分楽しみたかったんだな。
それは今も変わらない。
きっと、死ぬまで面白いものを探して好奇心に包まれながら生きるんだろうな。
悪くない。
失ってしまっているものもたくさんあるだろうけど、猫をお手本にして生きよう。
自分の好きなものに囲まれて好きなことをやって生きていく。
そんな生き方を個人単位で目指せる時代が来たんだ。
こんなに恵まれていて素晴らしい時代はなかなかない。
自分の感覚を最優先して生きられるように形にしていく。
それまではありがたく仕事を請けよう。
仕事でやるからには自分の感覚より依頼者の感覚が優先。
ガチで合わない依頼者なら契約が終わったらこちらから取引をやめる。
そこの線引はある。
雇用されてるわけではないからね。
お金の奴隷になるつもりもない。
お金は必要だけど誰から受け取るかも大事だよな。
できれば好きだと思える相手から受け取りたいもんだ。
だから「あ、この人嫌い。」と思ったら取引だってやめる。
逆に好きな相手なら末永く関わらせていただきたい。
仕事であれプライベートであれ。
10月に入った。
あ、ヤフーとLINEが統合したからLINEにヤフーニュース表示されるようになって、俺が書いた記事もヤフーニュースとして出るようになるって言ってた。
これ、10月になる前から聞いてたんだけど話していいのか分からなかったのでやっと言えた。
ヤフー公式アプリで自分が書いた記事が表示されただけでも嬉しかったけど、8月からヤフーニュースに表示されるようになり更に嬉しかった。
そして今度はLINE。
今ではウェブライターが自分のメインの仕事になったんだな。
これも、さっきの本質の話しでいうと昔はデザイン、今はウェブライター、表面の形が変わったに過ぎない。
本質は変わらない。
今後も表面の部分は変化する可能性はある。
この表面の部分に固執しすぎると時代についていけないしな。
表面の部分は淘汰されることも全然ありえると思うから。
可能性を常に模索して柔軟性を持っていきなければ乗り切れない時代になってると思う。
様々なことに興味を持ち好奇心のままに生きるのは、今の時代において最大のリスク回避につながる可能性がある。
ジャンルにとらわれないほうがいい。
フリーランスなら興味の先のすべてのことが仕事につながる可能性があるのだから。
あと、最近思ったのが、円安はチャンスかもしれないということ。
日本人の労働力が安くなるということは、海外から買ってもらいやすくなるということ。
フリーランスだってそう。
別に取引先が日本の会社である必要ないもんなぁ。
英語はできないけど、翻訳を駆使すれば海外の製品を購入して不良品の返品対応をしてもらえるくらいにはなった。笑
それくらいコミュニケーションとれればいけるんじゃね?とちょっと思ってる。
若者が海外に出稼ぎにいくのが話題になってるけど、そもそも日本からでも依頼は受けられるよな。
海外に行きたい人は行くのもいいし、自分の家が好きな人は日本の自分の家で海外の会社の依頼を請けて仕事をするっていうのは十分できる時代になってるはずだ。
そしたらワンチャン単価あがっていく可能性あるんよなぁ。
日本在住ということをメリットと捉えればさ。
海外から日本に直接くる費用と時間を考えたら、少々高くても日本在住のやつに依頼するメリットがあることってありそうよな。
デジタルでやり取りできるものなら話が早い。
今は目の前のことで精一杯だけど、落ち着いたらそっち方面も模索したいな。
ちょっと前から仕事もらってるとこから新規で仕事ちょっともらえることになったので今月はそれに慣れたい。
3時間位寝よ。
で、仕事しよ。
それでは。
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