モノづくりをしたり、実際にやってみることが好きだった。

どれだけ時間をかけてでも、誰に何を聞かなくても「ほらね、できる。」と証明したかったんだな。

だからアドバイスを不要と感じてしまったりするんだな。

なるほど、自分が何者であるかの証明をしたいなら、できればなんでもいいんじゃなくてその過程が大事だったんだ。

 

夢を見たんだ。

今ね。

女の子が男友達の話しをしていた。

自分のことのように悲しそうに話してた。

そのストーリーに胸打たれて。

「いいじゃん。やりたいようにやれば。」

って言ってた。

 

どんな話だったかというと、女の子いわく

自分が大切に思っている男の子が、遠くまで効率悪い方法で行きたいと言ったのに周りにたくさん反対されたらしいんだ。

自転車で、歩いて。

周りにやめたほうがいいって言われたんだって。

 

そのことを悲しそうに話してた。

いや、女の子自身の話だったのかな。

どっちでもいいや。

とにかく悲しそうだった。

 

励ましてあげたいというのもあったけど、本心で口をついた。

いいじゃん。やりたいようにやれば。

効率的じゃなくても、多少リスクがあっても、意味なんかなくてもさ。

やりたいようにやればいい。

 

心がざわめいているなら。

そうしたいと本心が言ってるなら。

周りの声なんて聞かなくていいんだ。

誰かのいうことを聞くために生きてるわけじゃないだろ。

やりたいように生きるために生きてるはずだ。

少なくとも俺はそうだ。

 

自分の心の声を真っ直ぐに聞けない人がいる。

その人の代わりに「いいんよ。」って言ってあげるのが自分の役目なのだと思い出した。

 

「あの頃」、誰にも言ってもらえなかった言葉、言ってほしかったけど言ってもらえなかった言葉、自分自身で自分にかけ続けた言葉、それを「誰か」として言ってあげたい。

説得力をもって。

 

その説得力を増すために、「何者か」にならなければならなかったんだね。

言葉で、写真で、動画で、自分が持ちうる全てで「ほらね、できた。」と、まるで天才のようにやってのける必要があったんだね。

 

器用な方ではないから、人よりたくさんたくさん時間がかかっても、「できる」自分でありたかったんだね。

 

時々、心が爆発しそうになる。

でも、得体が知れないんだ。

何に爆発させられそうになっているのか。

焦燥感が募っているのに、得体が知れなかった。

ただただ切ない。

 

過去の自分が胸を叩いているのかな。

心の内側から。

 

刹那的な感情を忘れたくなくて。

とりとめもなく書いたよ。

寝起きの、この言いようのない気持ちをなんて言えばいいんだろ。

名前のないこの感情をどう表現すればいいんだろ。

 

わからなくてもがいてる。

その過程の文章でわかってくれ。

俺には垂れ流すことしかできない。

 

言い表せない、でも大切な気持ちなんだ。

寝起きのバグっただけの感情なんかな。

でも忘れたくないのに。

 

寝る前に飲んだ濃いめのコーヒーが作用しているのかもしれない。

温かい毛布の役割を再確認した昨日。

お風呂にゆっくり浸かって温かい毛布と軽い寝袋、あとは体を横たえるだけのソファがあれば自分には充分なんだな。

明晰夢として夢を見ることが難しいと感じるほど心地よくて幸せだった。

 

自分のすべてを使って存在を表現したかった。

その気持ちは変わってない。

整えていけばいくほど、なんだか虚しくなっていくのは原型から遠ざかっていくからなんかな。

言葉の体裁ではなく、感情を脳から脳へ直接プラグで刺せたらいいのに。

そんな言葉を選びたい。

そう思ったらさ語尾とか文法とか邪魔で邪魔で。

 

そういうことじゃないだろ。

感情を表現する時は。

文字としての伝わりやすさじゃないんだ。

感情としての伝わりやすさなら、時にグチャグチャなほうが伝わるだろ。

 

混乱しているほうが伝わることもある。

電気が走るような、涙が出るような言葉はいつだって自分にとってはグチャグチャだった。

言葉が大切なのではなく、そこに存在する対象の感情やストーリーが真っ直ぐに脳に浸透すればいいんだ。

その手法としての言葉、文字の集合体。

 

これ以上長く書くと、また無数の非公開集の仲間入りしてしまいそうなのでこの辺にしとこ。

数千文字書いたのに結局書いて気が済んで公開までしていないものがたくさん。

わざわざ自分の変な整ってない文を公開する必要なんてないわけだからね。

でも、こんなに変なんだよ。と残したい気持ちがあって。

 

これが自分なんだ。と、表現したいんだろうな。

ただの自慰でいい。

それが許される場所をわざわざ作ったんだから。

 

自分の深い部分こそがアンテナとなるような気もしてるんだ。

整っていない「生」の言葉。

生言葉。

生ビールみたいな。

生のほうがいい。

 

言葉の意味を超えるのが音楽としたら、言葉は言葉のまま言葉の意味を超えるのか。

時に超える気がしてんだよね。

当たり障りのない言葉のその向こう側に行けたらね。

 

とめどなく鋭くて、信じられないほど柔らかな。

そんな「言葉使い」になりたい。

「魔法使い」みたいな立ち位置「言葉使い」。

そんな名称ないだろうけど。たぶん。

ええんよ。つくれば。

 

夢を一つ見るだけで人間はこんな言葉をツラツラと書けるんだ。

おもしろいな。生きてるのって。

発見に満ち溢れてる。

何年経っても飽きない。

何があったわけでもないのにこんな長文書けるんだからそりゃ楽しいわな。笑

 

危なっかしいながらも、優しい人達に助けられ、優しい気持ちをもらい、そんな中で生きられてる。

そのことが嬉しくて嬉しくて。