フリーランスになった時、10年後自分はフリーランスを継続できているのかなぁ。。なんてぼんやり考えてた。

正直、イメージはできていなかった。

フリーランスになってすぐの時は、インターネット関係のことにはある程度詳しい自負はあったけどまだまだリアルメインでやっていこうと考えてた。

現在のように100%に近い形でネット上で仕事をして成立するようになるなんて全く思ってもみなかった。

 

フリーランスになった瞬間は、想定しない形だった。

本来はもうちょっと時間がかかるはずだったんだけど、突然フリーランスになったんよなぁ。

多分、ほとんどの人が俺が10年後継続できると思ってなかったんじゃないかな。

 

当時は、右も左も分からない状態で自分の力だけで成立することすらできなかった。

それは今も同じようなものなんかな。笑

現在もミルダムやローカル系の活動に関して支援してくれる人がいたり自分のために時間と労力を使って動いてくれる人がいるから生計を立てられていると思う。

だから自分一人の力ですべてを成立させられてるわけではないよね。

 

一応、ウェブライターの仕事だけで食えてた時期も配信だけで食えてた時期もあるけど、目的はそこじゃないんよ。

生活できたから、で?ってなる。

多分、社会的にはそれが一番認められるとは思うんだけど、俺がやりたいのは「生活」じゃない。

自分らしく生きること。

そのうえで、関わってくれる人達と快適に生きていくこと。

 

今、なんとか生活していけてるけど、フリーランスとしては最弱レベルなんじゃないかな。笑

余裕なんてまったくなくて、月末はヒーヒー言いながら暮らしてる。

それでも幸せだなぁって思う。

大変だけど自分で選んだことだし、自分にはこの生き方しかないから。

 

普通の人みたいに普通に働いて決まった時間に決まったことをやるのが難しい。

いや、結果的にやってるんだけど、自分の意思だからストレスにならないのかな。

早朝に仕事を仕上げて昼くらいにもう一個仕上げる。

プラスアルファ他でもうちょっと仕事をする。

夕方から配信をやる。

数日に一回、仕事用に撮影に行く。

そんな繰り返し。

 

現在、自分の活動はゲーム系とローカル系の2個。

実は、仕事もゲーム系とローカル系なんだよね。

その中でも、自分の活動で取り上げているようなことばかりが仕事になってる。

ありがたいね。

 

仕事は仕事なので、仕事の場合はある程度は自分の意思は無視してクライアントが求めるものを提出するように心がけてる。

もし、譲れない部分や相性が合わないと感じるようになりそれが無視できないほどのストレスになってしまったら、仕事でやらずに自分の活動の中で好きにやる。

俺はどこまでもエゴイストだと思うので、やりたいことをやりたいようにやりたい。

仕事じゃなければ、何もこだわりを譲る気はない。

許容範囲を超えるようであれば仕事も終わらせる。

 

今関わらせていただいているところとは良好な関係だと思う。(少なくとも俺はそう思ってる。)

関係や対応が変わらなければ、末永く関わらせていただきたいと思ってる。

 

ウェブライターをやっておきながら、俺は修正というものが大嫌いなんよな〜。

偉そうにいえるほど文章力もないから向いてないのかも知れないけど。

修正少ないとこと一緒に仕事したいよ!!笑(本心)

 

今まで、いろんなことを仕事にしてきた。

ウェブライターはその中の一つ。

手段なんよ。

俺にとっては。

 

一生ウェブライターという職業で食っていこうとか、ウェブライターだけにこだわりを持っているということではないんよな。

何かを書くというのは大好き。

ただ、それは定型文の組み合わせみたいなものではなく自分の中に生まれた発想や感覚を文字という手段で表現することであって、仕事で求められるようなこととは違ったりする。

ほとんどの場合、俺がどう感じたとかは邪魔でしかないからな。笑

事実を正確に伝えレギュレーションを守り間違えないことを求められているだけであって。

どのクライアントも基本的にウェブライターに求めるものはそんなことだと思う。

 

俺は独自性の部分にこそ価値があると思っているので、仕事で求められない部分は自分の活動の中で思う存分やる。

そこに価値があるとかないとか、正直どうでもよくて、自分がどうしたいか何を表現したいかだから。

本当に自分勝手な自覚がある!笑

何かを表現したり立ち上げたりする人間は、異質な部分も必要だと思うんだ。

 

社会的に見れば不要で煙たがられる部分こそ捨てたらいけないんじゃないかと思う。

似たりよったりにならないようにするには、自分の奥底から湧き上がってくる本心に従うしかない。

誰がどう思うかではなく、自分はこう思う!ということを表現し続けた先に形成されるもの。

その形は歪かも知れないけど、独特な輪郭に魅力は生まれるのではないかと考えてる。

 

だから自分で思う自分の短所も出せるところは出してみてる。

いいとこばかりの人間じゃないよ。

変な幻想は抱かれないにこしたことはない。

リアルな人間であり、いいとこも悪いとこもある。

どちらかというと欠落した部分が多い。

 

感じ方は人それぞれなので、長所にも短所にもなる。

こういう考えだと生活面では生きづらいけど、精神的には生きやすいよ。笑

こだわりを持って関わってくれる人の存在が、自分自身の存在証明になってる。

 

自分にお金や時間や労力を使ってくれる人がいること、すごく嬉しい。

極力ありがたくいただくようにしてる。

心から嬉しいから。

助かるしな。

 

生かされてる。

そう感じる時に、愛情の海に浮かんでいる気持ちになる。

人間愛というものは存在するんだろうな。

若い時は恋愛が愛情のすべてのように感じていたけど、今は違う。

恋愛とかそういう枠にくくられない大きな愛情は心を救うよ。

そんな中で生きたかったんだなって思った。

 

悪意に晒されることもある中、無条件の優しさには本当救われる。

一人でもこんなふうに応援してくれる人がいてくれるなら頑張れる。って感じる。

優しさは心を救う。

思いやりを持って接してくれていると感じる時、大切にしてもらえていると感じる時、こちらからも同様の気持ちを相手に持つことがある。

きっと、人と人の心は通じていて共感・共鳴するようにできてる。

優しい人に良いことがたくさんあるといいな。って毎日のように思ってる。笑

自分にとっては、優しくしてくれる人はそれだけの価値がある(相手のためだけに祈るに値する)から。

 

フリーランスになって10年。

お金は”まだ”ないけどフリーランスになる前よりも深く関われる少数の人達ができた。

多くはない。

狭く深く。

本来の自分らしい。

 

少数の最高な関係性が自分の大部分の存在証明をしてくれているんだ。

いつもありがとう。